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大阪地方裁判所 平成11年(行ウ)33号 判決 2000年12月15日

原告

右訴訟代理人弁護士

中村宏

被告

東大阪税務署長 中川靖雄

右指定代理人

近藤幸康

上谷美佐夫

吉良賢司

島村茂

今井景子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告の平成六年七月一二日相続開始に係る相続税について、平成九年九月二五日付けでなした更正のうち、課税価格四億四六三二万六〇〇〇円、納付すべき税額一億五六四四万〇二〇〇円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、平成六年七月一二日に死亡した訴外乙(以下「亡乙」という。)の共同相続人の一人である原告が相続税の申告をしたところ、被告が、右申告に係る課税価格の計算において、相続財産である別紙物件目録記載一1ないし11の土地(以下併せて「本件農地」という。)につき耕作権が存在しないとして自用地としての価額をもって評価し、平成九年九月二五日付けで更正を行った(以下「本件更正処分」という。)のに対して、原告が前記第一のとおり申告額を超える部分に係る本件更正処分の取消を求める事案である。

一  前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)

1  亡乙は、平成六年七月一二日死亡し、その相続が開始した(以下「本件相続」という。)。同人の相続人は、妻丙、長女丁、二女戊、三女己、三男原告、四男庚、五男辛の七名である(以下右七名を併せて「原告ら相続人」という。)。

2  課税の経緯

(一) 原告ら相続人は、平成七年三月一三日、相続税の申告を行い、その後、相続人間で遺産分割協議が成立したため、同年五月一六日、修正申告を行った(以下「本件修正申告」という。)。本件修正申告における原告の課税価格は四億四六三二万六〇〇〇円であり、納付すべき税額は一億五六四四万〇二〇〇円であった。

右遺産分割協議において、本件農地は、原告が一〇〇分の四五を相続し、その余の持分一〇〇分の五五は、前記丁、戊、己及び辛の四名(以下「丁ら四名」という。)において相続した。

(二) これに対し、被告は、平成九年九月二五日、原告の課税価格を五億七三九六万七〇〇〇円、納付すべき税額を二億一五四一万八八〇〇円とする本件更正処分、及び過少申告加算税五八一万二〇〇〇円の賦課決定(以下「本件賦課決定処分」という。)をし、原告に通知した。

(三) 原告は、本件更正処分及び本件賦課決定処分を不服として、平成九年一一月一八日、被告に対し、異議申立てをしたが、被告は、平成一〇年四月一日付けで棄却の決定をした。

これに対し、原告は、平成一〇年五月一日、国税不服審判所長に対し審査請求の申立てをしたが、同所長は、平成一一年三月五日付けで同審査請求を棄却する裁決をなし、右裁決書謄本は、同月一〇日、原告に送達された。

(四) その他、課税の経緯の詳細は別表一のとおりである。

3  被告が行った本件更正処分の根拠

被告が主張する本件相続に係る本件更正処分の根拠は別表二及び三のとおりであるが、その内訳は以下のとおりである。なお、本件更正処分の根拠のうち、争いがあるのは本件農地の評価額についてのみであり、その余の点については原告はこれを明確に争わず、自白したものとみなされる。

(一) 原告ら相続人に対する課税価格の合計額

原告ら相続人が相続により取得した財産の価額は、別表二の<1>ないし<6>、その合計額は<7>記載のとおりであり、債務等の額は同表の<8>記載のとおりであって、原告ら相続人の差引純資産価額は同表の<9>記載のとおりであるが、原告ら相続人が亡乙から死亡の三年以内に贈与を受けた財産はないので、国税通則法一一八条一項を適用し一、〇〇〇円未満の端数を切り捨てた原告ら相続人の各人ごとの課税価格を算出し、これらを合算した合計一八億一五三四万八〇〇〇円を課税価格の合計額とした(別表二の<11>)。

なお、本件農地は評価通達に従い自用地として評価されたが、本件農地の自用地としての価額の算定の詳細は別表三のとおりである。

(二) 納付すべき相続税額

右課税価格の合計一八億一五三四万八〇〇〇円から相続税法(以下「法」という。)一五条に従い、遺産に係る基礎控除として五〇〇〇万円と一〇〇〇万円に本件の法定相続人の数七を乗じて算出した七〇〇〇万円とを合算した一億二〇〇〇万円を控除して(別表二の<13>)、課税遺産総額一六億九五三四万八〇〇〇円を求め(同<14>)、これに原告ら相続人の各法定相続分を乗じて、法定相続分に応ずる取得金額を算定し(昭和四二年七月一七日付け直審(資)五、一六‐三により一、〇〇〇円未満の端数切り捨て)、右金額につき、法一六条所定の率を適用してそれぞれ算出した額を合計して相続税の総額六億八一二七万四〇〇〇円(昭和四二年七月一七日付け直審(資)五、一六‐三により一〇〇円未満の端数切り捨て)を求めた(同<18>)。

そして、原告の相続する財産の課税価格の割合は〇・三一六二であるから、法一七条に従い、これを右六億八一二七万四〇〇〇円に乗じて、原告の算出税額二億一五四一万八八三九円を求め(同<19>)、国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数金額は切り捨てて納付すべき税額二億一五四一万八八〇〇円を求めた(同<21>)。

二  争点

本件の争点は、相続財産中本件農地の評価額であるが、具体的には、本件農地について、相続税の評価額の算定において、その価額を自用地としての価額から控除すべき耕作権(亡乙が原告に対し設定した賃借権)が存するか否かが問題となる。さらに具体的には<1>亡乙と原告の間において農地法三条一項の許可を受けた賃借権が設定されたか否か、<2>原告が賃借権を時効取得したか否かが問題となる。

三  関連法規等

法二二条によれば、相続により取得した財産の価額は、原則として、当該財産の取得の時における時価によるものとされている。

そして、耕作権の目的となっている農地について、財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六・直審(資)一七国税庁長官通達。ただし、平成七年六月二七日付け課評二‐六による改正前のもの。以下「評価通達」という。)四一は、耕作権の目的となっている農地の価額は、その農地の自用地としての価額から耕作権価額を控除した金額によって評価することとされており、さらに、同通達四二において、市街地農地及び市街地周辺農地に係る耕作権の価額は、その農地が転用される場合に通常支払われるべき離作料の額やその農地の付近にある宅地にかかる賃借権の価額等を参酌して求めた金額によって評価することとしている。そして、大阪国税局長が定める評価基準において、本件農地が該当する市街地農地及び市街地周辺農地に係る耕作権の割合は、一〇〇分の四〇と定められている。

なお、右にいう耕作権とは、評価通達九(7)において農地法二条一項に規定する農地又は採草放牧地の上に存する賃借権(同法二〇条一項本文の規定の適用がある賃借権に限る。)である旨定められている。

四  原告の主張

1  農地法三条一項の許可を受けた賃借権の設定

(一) 亡乙は、原告に対して、昭和二八年一二月、本件農地、別紙物件目録記載二の土地(以下「甲農地」という。)及び同目録記載三の土地(以下「乙農地」という。)を賃貸することとし、原告のために賃借権を設定した。そして、原告は昭和二九年一月以来、右賃借権に基づき、本件農地を耕作し、被相続人に賃料を支払ってきた(以下原告主張の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」といい、原告の主張する賃借権を「本件賃借権」という。)。

そして、本件賃借権の設定については、農地法三条一項の農業委員会の許可を受けている。すなわち、原告は、昭和二八年当時、訴外壬に農地法上の手続の代行を依頼し、同人が右手続を行ったものである。

したがって、本件農地は、耕作権(賃借権)負担付の貸地であるから、本件農地を、自用地としての価額から耕作権の価額(四〇パーセント相当額)を控除した価額にて評価すべきである。

(二) 小作料について

原告は、本件農地並びに甲農地及び乙農地の賃料として、右各土地及び家の屋敷の敷地(東大阪市友井四丁目所在、地番、宅地、六一八・一八平方メートル)に対する固定資産税(被相続人である亡乙の祖父亡癸(以下「亡癸」という。)名義)を支払ってきた。

また、原告は、右公租公課の支払とは別に、亡乙の要求に従い、独身時代は小作地耕作からの農業収入の半分を亡乙に渡し、昭和三五年の結婚後は小作地耕作による農業収入の三分の一を亡乙に渡していた。

そして、昭和五五年に統制小作料が廃止され、標準小作料が設けられたのを契機として、昭和五六年ころ以降は、別途に標準小作料に準じた金額を亡乙に対し支払うようになった。

(三) 農地法三条一項の許可を受けた賃借権設定の事実を裏付ける事情

(1) 原告は、昭和三〇年五月一六日、自作農創設特別措置法一六条により、八尾市久宝園二丁目の農地につき政府売渡処分を受けているが、原告につきB農業委員会が自作農創設特別措置法により農地買収計画を樹立し、また政府売渡処分がなされるには、右農業委員会に原告の小作地の登載がある小作地台帳が存在したはずである。

(2) 甲農地は、昭和四一年八月一二日に合筆されて××番(二六一〇平方メートル)となり、同月一五日、××番一(二六七平方メートル、以下「甲A農地」という。)と××番二(二三四三平方メートル、以下「甲B農地」という。)に分筆されたが、同年、甲B農地が大阪府に買収され、その際、亡乙と原告は、被買収農地の賃貸借合意解約について、農地法二〇条による大阪府知事の許可を得ている。

そして、B農業委員会を経由して大阪府に提出された右許可申請書(甲一九の1)には、被買収農地の他に、賃貸人亡乙には貸付農地が六六一一平方メートルあり、また、賃借人原告には借入農地が六六一一平方メートルある旨の記載がある。この六六一一平方メートルの農地には、本件農地と乙農地が含まれている。

右許可申請書を受理した際、B農業委員会は、買収対象であり賃貸借合意解約の対象である甲B農地についてはもちろんのこととして、本件農地及び乙農地についても小作地台帳と当然照合し、賃貸借の事実を確認したはずである。

なお、小作権者である原告に対し、大阪府から離作補償として土地買収価格の五〇パーセント相当額が支払われた。

(3) 昭和四五年のA電器によるカドミウム農地汚染の補償金交渉の資料として、原告は、農業経営状況の報告書を提出したが、その報告書(甲三四)中に本件農地が亡乙から原告に対する小作地であると明記してある。

(4) 昭和五四年、八尾市が実施した公共下水道工事が原因で本件農地及び乙農地の潅漑用井戸が枯渇する被害が生じたときに、八尾市が、原告に対し、被害補償金を支払っている(甲二〇の1、2)。

八尾市は、原告との右補償契約を締結するに当たっては、原告が本件農地及び乙農地の独立した耕作権者であるとの事実を認定したものであり、右認定は小作地台帳登載事実を根拠にしたはずである。

(5) 昭和五七年五月三一日、B農業委員会は、本件農地及び乙農地について原告が小作人として営農継続中である旨の長期営農継続農地認定申告書を受理し、原告が小作人として本件農地を営農している事実を認定している。

右申告書(甲二二の2ないし5)には、B農業委員会が「農家台帳照合済」と記載しているが、正しくは小作地台帳にて照合したものと考えられる。

なお、亡乙は、右申告書を同人の祖父である亡癸名義で申告していたところ、農業委員会から亡癸が死亡しているので亡乙名義で改めて申告するよう教示され、亡乙名義で申告をやり直し(甲二三の1ないし4)、右農業委員会は、昭和五八年三月二二日付けで受け付けた。右受付時点で、乙農地の賃貸借は合意解約済であったので、本件農地についてのみ申告されている。

(6) 乙農地は、昭和五七年七月一九日、×××番に合筆されて×××番(一、七七六平方メートル)となり、同月二七日、×××番一(九一二平方メートル、以下「乙A農地」という。)と×××番二(八六三平方メートル、以下「乙B農地」という。)に分筆されたが、同月、亡乙と原告との間で、亡乙が有する乙B農地の所有権と原告が有する乙A農地の耕作権とが交換されたが、その際、B農業委員会は、乙A農地に関する賃貸人亡乙と賃借人原告による農地賃借合意解約に関する農地法二〇条六項の届出書を受理している。また、原告が同交換により乙B農地の所有権を取得するにつき、原告は、B農業委員会及び大阪府知事に対し農地法三条一項の許可申請をなし許可されている。

右届出及び許可申請に際し、原告は、昭和五七年七月二八日、C農業委員会から、本件農地は原告が耕作している小作地である旨が農家台帳に登載されているとの証明書(甲一六)の交付を受け、右証明書を添付の上、右届出及び許可申請を行った。そして、右許可申請書(甲二一の5)には、亡乙と原告との賃貸借農地の面積は、五八五〇平方メートルである旨記載されているが、この五八五〇平方メートルは、本件農地の面積四〇七四平方メートルと乙農地の面積一七七六平方メートルとの合計面積に該当する。

そして、B農業委員会は、右記載のある許可申請書を受理し大阪府知事に進達しているのであり、右農業委員会及び大阪府知事は、本件農地を原告が賃借耕作している事実により原告が農業従事者としての耕作下限面積要件(農地法三条二項五号)を満たしていることを認め、右交換にかかる農地法三条の許可をしたのであるから、右農業委員会は、小作地台帳によって亡乙が本件農地を原告に賃貸している事実を当然確認したはずである。

(7) 平成四年八月一八日、八尾市長は、本件農地について生産緑地地区の都市計画決定をした。生産緑地地区の都市計画決定に当たっては、農地賃借権者の同意が必要であるが(生産緑地法三条二項)、八尾市長は、原告が本件農地の賃借権者であることを前提に、原告の同意を得たうえで、右都市計画決定をなした(甲二四の1、2)。

八尾市長は、原告が本件農地の小作人であるからこそ原告に同意書を提出させたものであるが、その前提として、原告が本件農地を小作地として耕作している事実を小作地台帳に基づき確認しているはずである。

(8) C農業委員会の農家台帳(乙五)には、本件農地について小作者は原告と記載され、「S57・7・29小作関係確認」との記載がある。この小作関係の確認については、C農業委員会は、地元のD農業実行組合、E農業協同組合、B農業委員会等への調査、照合の上、原告が従前、小作権を継続して有している事実を確認したものである。

(9) 以上の事実からも明らかなように、昭和二八年一二月の本件賃貸借契約締結とこれについての農地法三条一項の農業委員会の許可にともない、B農業委員会は、それから間もなく、本件農地を原告が賃借するものとして小作地台帳に登載したものと考えられる。

しかるところ、亡乙の相続開始後の平成七年一月五日、原告がB農業委員会へ赴き、本件農地について賃貸借関係存在の証明書の交付を願い出たところ、突然小作地台帳に登載がない旨言われたものである。長年来の一連の経過事実からして、従前古くから小作地台帳に登載されていたものが何らかの理由で散失したと推測するしかない。

なお、右の機会にB農業委員会は、原告に対し、小作地台帳追加申請願を出すよう指示し、原告は、F農業協同組合久宝寺口駅前支店長及びD実行組合長から証明を受けた上、翌六日、右小作地台帳追加申請願を提出し、右農業委員会は、同日、本件農地及び甲A農地につき、小作地台帳への登載を行った。

(10) なお、丁ら四名は、原告の本件賃借権を否定するが、丁ら四名は、原告が亡乙から賃借権を設定され、その賃借権に基づき耕作してきたことを当然知っていたし、賃借権負担付であることを承知の上、本件農地の五五パーセント相当部分を共同取得したものである。その後、丁ら四名は、原告に対し、農地法二〇条六項による賃貸借合意解約の協力を申し入れたが、原告が有する小作権につき離作補償の支払をしたくないことから、突如、小作権は存在しないと虚偽の主張をするようになったものである。

(四) 瑕疵の治癒

B農業委員会は、平成七年一月六日付けで、本件農地を小作地として小作地台帳に登載したが、右登載により、仮に本件農地について農地法三条一項の許可の欠缺、賃貸借契約書が作成されていないこと、小作地台帳への不登載といった瑕疵があったとしても、かかる瑕疵は治癒された。

(五) 事実上の耕作権

仮に、農地法三条一項の許可欠缺の瑕疵があり、それが治癒されないとしても、賃料の支払、原告が本件農地を独立した農業事業者として耕作してきたこと、前記(三)の一連の事実、B農業委員会が本件農地を原告が耕作する賃借農地である旨を小作地台帳へ登載し、C農業委員会の農家台帳にも同様の登載があること、右両農業委員会のみならず農業実行組合やE農業協同組合が本件農地は原告の小作地であることを認めてきた事実等に鑑みれば、本件農地には、評価通達にいう耕作権と同視し得る事実上の耕作権が設定されており、本件農地の評価に当たり右価額を控除すべきである。

2  賃借権の時効取得

(一) 原告は、昭和二九年初めから、本件農地を賃借権者として耕作し、毎年亡癸名義で課税される公租公課を賃料として支払い、善意、平穏、公然に占有、耕作を継続してきた。そして、占有の開始時に無過失であったから右占有開始時から一〇年を経過した昭和三九年初めには本件農地の賃借権につき取得時効が成立し、原告は本件農地につき賃借権を取得した。右占有開始時に原告に過失があったとしても、二〇年を経過した昭和四九年初めころには原告は本件農地の賃借権を時効取得している。

(二) また、原告が本件農地の占有、耕作を始めた時期を小作地台帳申請願(甲一七)におけるF農業協同組合支店長及びD実行組合会長の「昭和三七年より小作」との証明に基づき、昭和三七年と仮定すると、原告は、善意、無過失、平穏、公然に占有、耕作を継続し、かつ、賃料を支払ってきたものであるから、右占有開始時から一〇年を経過した昭和四七年には本件農地につき賃借権の取得時効が成立し、原告は本件農地につき賃借権を取得した。右占有開始時に原告に過失があったとしても、二〇年を経過した昭和五七年には原告は本件農地の賃借権を時効取得している。

(三) さらに、原告は、昭和五七年七月二八日、C農業委員会から本件農地は原告が耕作している小作地であるとの証明書(甲一六)の発行を受け、同月三〇日、B農業委員会に対し、右証明書を添付して、乙A農地に関する農地法二〇条六項の農地賃貸借合意解約の届出並びに乙B農地に関する同法三条一項の所有権移転の許可申請をなし、B農業委員会は、これらを何らの異議無く受理し、また、右農地法三条一項の許可申請を大阪府知事に進達し、右府知事はこれを許可しているのであり、これらの事情から、原告は、当時、本件農地につき適法、有効な賃借権を有するものと当然信じたものであり、そう信じたことに何ら過失はない。

そして、原告は、右昭和五七年七月三〇日以降、本件農地につき賃料を支払って、善意、無過失、平穏かつ公然に占有、耕作を継続してきた。よって、昭和五七年七月三〇日から一〇年経過した平成四年七月三〇日には、本件農地の小作権を時効取得している。

五  被告の主張

1  農地法三条一項の許可を受けた賃借権の設定について

農地法三条一項は、農地について所有権を移転し、又は地上権、永小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権もしくはその他の使用及び収益を目的とする権利を設定し、もしくは移転する場合には、当事者が農業委員会ないし都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定し、同項の許可を受けないでした行為は、その効力を生じないとされている(農地法三条四項)。

したがって、農地法に基づく許可が法律上の効果を完成させる条件となっているのであるから、相続開始前に被相続人が農地の賃貸借契約を締結していたとしても、その生存中に当該農地の賃借権の権利設定について右許可を受けていない限り、当該賃借権は賃借権者に帰属せず、相続税の課税対象となる財産の評価につきその価額を控除すべき耕作権とはなり得ないものというべきである。

ところで、農地法二〇条一項は、賃貸借の当事者は、都道府県知事の許可を受けなければ賃貸借の解除をし、解約の申入れをしてはならないと規定し、民法の原則を小作人に有利に修正している。

そして、評価通達は、農地法上の賃借権、つまり耕作権が、当該規定によって、宅地及び雑種地に係る賃借権と比較し、より強い保護を受けているものであり、その権利が一定の価額で取引きされている現状に鑑みて、耕作権の目的となっている農地の価額等について定めているものであり、その評価方法は、実際に耕作権が解除された場合における離作料の額や農地の付近にある宅地に係る賃借権の価額等を考慮した妥当かつ合理的なものであるといえるのである。

したがって、賃借権の成立については、亡乙と原告との間で本件賃貸借契約が締結されたことと、農地法三条一項の許可を受けたことが必要であるが、本件ではいずれも認められないというべきである。

(一) 本件賃貸借契約の締結について

本件賃貸借契約は、以下の事情に鑑みるとその存在が極めて疑わしい。

(1) 客観的証拠の不存在

本件賃貸借契約については、契約書などの客観的証拠が存在しない。

(2) 共同相続人の供述

辛、丁が本件賃借権の存在について聞いたことは一切ない旨述べている。

仮に同人らが従前から本件賃借権の存在を認識していたのであれば、そのことを念頭においた上で遺産分割協議に臨んだはずであり、遺産分割後に突如として離作補償金を惜しむように態度を変えたなどということは経緯として極めて不自然である。

(3) 農地法三条一項の許可の不存在

昭和二八年当時においても、農地法三条一項の許可申請がなされた場合には、申請者に対し許可又は不許可の指令書を交付することとされていたのであるが、本件では原告が指令書の交付を受けたことをうかがわせる事実の主張もない。このことは、本件賃貸借契約が存在しないことの当然の論理的帰結として、許可手続が行われた事実も存在しないことのあらわれである。

(4) 賃料の約定の不自然性

原告は、公租公課を原告が負担することを以て本件賃借権に係る賃料とする旨合意したと主張するが、このように、賃料を一定額とせず、公租公課の金額というような定め方をすることは、小作料については農業委員会の承認がない限り定額の金銭以外のものを支払う旨の定めをすることができないと規定する農地法二一条に違反するばかりか、純粋に民法的な観点からしても、異例な内容の約定である。

また、原告が本件農地の公租公課を負担していたとしても、公租公課は使用貸借において借主が負担する通常の費用(民法五九五条一項)であり、賃料の支払と評価することはできない。

なお、辛及び庚も自らが使用している亡乙所有の土地の一部につき公租公課を負担していることがうかがわれるが、同人らは、それぞれが使用する土地について賃借権が存在しないことを前提として遺産分割協議に応じており、亡乙と原告、辛及び庚間の土地の使用関係が、使用貸借にすぎないものであったことを裏付けるものである。

さらに、昭和五六年ころからの標準小作料相当額の賃料の支払についても、亡乙と原告とは父子であり、同居して生計を一にしていたことからすると実質的な金銭の移動があったか否か疑問が残る。

(二) 農地法上の許可について

農業委員会は、賃借権の権利移転についての申請を許可した場合には、小作地台帳に登載することとしている。しかるところ、本件農地については、小作地台帳登載は、本件相続開始後の平成七年一月六日であり、したがって、本件相続開始時点においては、評価通達の定める農地法所定の許可を受けて設定された耕作権が存在しなかったことになり、自用地としての価額から耕作権の価額を控除することはできない。

(三) 原告の主張する裏付け事実について(なお、以下、前記第二、四1(三)(1)ないし(9)の原告の主張をそれぞれ「原告の主張(1)」ないし「原告の主張(9)」という。)

(1) 原告の主張(2)について

本件農地に関するものではない。

(2) 原告の主張(4)について

甲第二〇号証の1は、本件農地及び乙農地には含まれない八尾市久宝園二丁目の農地に係るものであるところ、右土地は当時から原告の所有であったものであるから、これについて原告に対し補償が行われていることをもって、原告が賃借権たる耕作権を有することが確認されたということはできない。

また、甲第二〇号証の2は、△△△番の農地のみならず、本件農地及び乙農地にも係るものであるところ、第一条に「甲は、乙の所有する次に掲げる土地についてのみ、乙に補償するものとする。」と記載されていることからすると、八尾市長は、△△△番の農地のみならず本件農地及び乙農地についても原告が所有者であると誤認した上で補償契約を締結したというべきであって、原告が賃借権たる耕作権を有することを確認した上で補償契約を締結したということはできない。

(3) 原告の主張(5)について

B農業委員会は、長期営農農地認定申告書を受理しただけであり、原告が「小作人として」本件農地を営農している事実を認定したのではない。

また、B農業委員会が農家基本台帳と小作地台帳とを混同したなどとは到底考えられない。

(4) 原告の主張(6)について

原告の主張する農地法二〇条六項の届出及び同法三条一項の許可は、本件農地に関するものではない。

また、右賃貸借契約の解約の届出の受理の際に、B農業委員会が、小作地台帳の照合を行ったか否かは不明である。そして、たとえ照合が行われたとしても、合意解約の届出については、小作地台帳に届出に係る賃借権の記載がなかったとしても届出が受理されるのが実状であるから、右届出が受理されたことをもって、その当時において小作地台帳に賃借権の記載がされていたということはできない。

さらに、農業従事者としての耕作下限面積要件(農地法三条二項五号)を満たしていることの認定に際しては、本件農地を使用していることを認定すれば足りるものであり、それ以上にその使用権原が賃借権たる耕作権であることまで前提としているものではない。

(5) 原告の主張(7)について

本件農地については、原告の側から、生産緑地地区の指定を希望する旨の申出があったものであり、担当者が八尾市における実務上の取扱いに従って、小作地台帳の照合を行ったところ、賃借権の記載はなかったものであるが、原告から東大阪市の農家台帳においては本件農地について小作人として記載されている旨の証明書が提示されたことから、生産緑地法三条二項の同意権者である所有者たる亡乙に加え、念のために小作人と称する原告からも同意を得ることとしたにすぎない。

なお、生産緑地法三条二項には、生産緑地指定に際し、農地等の所有者、対抗要件を備えた賃借権を有する者等の同意を得なければならないと規定されているところ、原告は、本件農地について賃借権の対抗要件を備えていないから、本来、同項所定の者に当たらない(ただし、八尾市においては、実務上念のために小作地台帳に記載されている賃借権者からも同意を得ることとしている。)。

(6) 原告の主張(8)について

「S57・7・29 小作関係確認」との文言は、B農業委員会やE農業協同組合等の部外者からすると、原告が本件農地において耕作に従事しているという事実関係に関しては容易に認識可能であるとしても、それが、生計の一員として亡乙の農業を手伝っているものであるのか、亡乙から賃借権の設定を受けて独立して営農しているものであるのかといった法律的側面に関しては、契約書や農地法三条一項の許可に係る指令書といった客観的証拠を離れて、確実な判断を下せる立場にはなく、結局のところ、右文言は、客観的な証拠を伴わないにもかかわらず、原告の申出を信用する形で記載されたものである。

(四) 瑕疵の治癒について

原告の主張は法的性質が不明であるが、小作地台帳に賃借権の記載がされたことをもって、実体法上存在していなかった賃借権が存在するに至るとか、無効であった賃貸借契約が有効になるなどといった創設的な効力が認められるものではない。

(五) 事実上の耕作権について

(1) 農地法の適用を受けない事実上の耕作権であっても、評価通達が予定している耕作権と同視し得る場合には、同様の評価をすべき余地がある。

(2) しかしながら、本件において、原告が被相続人に支払ったとする小作料は、本件農地の公租公課相当額にも満たない額であり、本件農地の使用の対価としては本件農地に係る公租公課である固定資産税及び都市計画税の金額にも満たないものであって僅少であるから、原告の本件農地に対する貸借関係は、せいぜい負担付使用貸借にとどまるものである。

仮に原告が本件農地の公租公課を負担していたとしても、公租公課は通常の必要費に当たり、使用貸借において借主の負担となるものであり、賃料の支払と評価することはできない。

(3) 農地法二五条一項は、農地の賃貸借契約については、書面によりその存続期間、小作料の額及び支払条件その他その契約並びにこれに付随する契約内容を明らかにし、それらの事項を農業委員会に通知しなければならないとされている(同条二項)ところ、原告が亡乙から本件農地を賃借するに当たっては、口頭による約束だけで契約書は存在しないのであるから、その点においても本件農地について、評価通達が予定している耕作権と同視し得る賃借権が存在するということはできない。

(4) そして、使用貸借契約に基づく使用借権は、一般的に賃貸借契約に基づく権利に比し、権利性が極めて低い上、本件にあっては親族間で締結されたものであり、親族間の情誼や信頼関係に基づく土地の使用関係であるから、その使用権につき独立した経済的価値を認めることはできず、また、土地の時価に影響を与えるということもできないので、これを自用地として評価すべきである。

2  時効取得について

(一) 土地賃借権の時効取得が成立するためには、<1>土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、<2>それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されていることが必要である(最高裁昭和四三年一〇月八日第三小法廷判決・民集二二巻一〇号二一四五頁)。

ところで、取得時効の起算点は、占有等の時効の基礎となる事実が開始された時点又は占有の態様に変更が生じた時点を起算点として判断すべきであり、起算点を任意に選択することは許されない(最高裁昭和三五年七月二七日第一小法廷判決・民集一四巻一〇号一八七一頁)。そして、本件においては原告が本件農地の占有を開始したと主張する最初の時点である昭和二九年初め以降原告が予備的に主張する各時点で本件農地の占有の態様に変更が生じたということはできないので、昭和二九年初めを起算点とする取得時効の成否について検討を加えれば足りる。

しかるところ、本件においては、以下のとおり<2>の要件を欠いている。

(1) 本件農地が原告の父であり原告と生計を同じくしている亡乙の所有であることからすると、原告が本件農地において耕作に従事していたのは亡乙の補助者として同人の占有の範囲内で用益を行っていたにすぎないというべきである。

(2) 原告の主張によっても昭和五六年ころまでの賃料は公租公課の金額にすぎないところ、これは民法五九五条一項において使用貸借の借主が負担すべきとされている通常の必要費に止まるものであるから、その支払をもって賃借の意思が客観的に表現されているということはできない。

(3) C農業委員会の農家台帳(乙五)における本件農地の賃借権の記載は昭和五七年七月二九日に、B農業委員会の小作地台帳(乙二四)における賃借権の記載は平成七年一月六日にされたものであり、昭和二九年初めの時点から原告が賃借の意思を有していることが客観的に表現されたということはできない。

(二) 仮に昭和五七年七月三〇日を起算点として賃借権の取得時効が進行するとすると、原告は、従来から亡乙の補助者として同人の占有の範囲内で用益を行っていたものであるから、昭和五七年七月三〇日の時点において、自己が賃借権を有していないことについて悪意であったというべきである。

また、原告は、本件農地について農地法の許可を受けていないと考えられるのであり、農地の賃借権の設定、移転について許可を要することは一般に周知の事実であるから、原告には少なくともこの点において、その占有に過失のあったことは免れないから、時効期間は二〇年となる。

しかるところ、亡乙の共同相続人である丁ら四名は、本件農地について賃借権が存在しないことの確認を求める訴訟を提起し(大阪地方裁判所平成一〇年(ワ)第三九九号事件)、その訴状は平成一〇年一月二四日原告に送達されているから、右取得時効は中断されている。

第三当裁判所の判断

一  本件農地の評価額

1  相続により取得した財産の価額は、特別の定があるものを除き、当該財産の取得のときにおける時価により評価されるが(法二二条)、右「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的な交換価値、すなわち、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格をいうと解すべきである。

もっとも、全ての財産の客観的な交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではないから、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地に立って、合理性を有する評価方法により画一的に相続財産を評価することも適法なものというべきであり、評価通達及び各国税局長が定める評価基準による画一的な評価も右の見地に立ち合理性を有する限り適法なものというべきである。

2  農地の評価に関する評価通達及び評価基準

(一) 評価通達四一は、耕作権の目的となっている農地の価額は、その農地の

自用地としての価額から耕作権の価額を控除した金額によって評価することとされており、さらに、同通達四二(2)において、市街地農地及び市街地周辺農地に係る耕作権の価額は、その農地が転用される場合に通常支払われるべき離作料の額やその農地の付近にある宅地にかかる賃借権の価額等を参酌して求めた金額によって評価することとしている。

この耕作権とは、評価通達九(7)において農地法二条一項に規定する農地又は採草放牧地の上に存する賃借権(同法二〇条一項本文の規定の適用がある賃借権に限る。)である旨定められている。

なお、大阪国税局長が定める評価基準において、本件農地が該当する市街地農地及び市街地周辺農地に係る耕作権の割合は、一〇〇分の四〇と定められている。

(二) 右のように評価通達では控除の対象となる耕作権を限定しているが、その理由を検討するに、これは、農地法二〇条一項が、賃貸借の当事者は都道府県知事の許可を受けなければ賃貸借の解除をし、解約の申入れをしてはならないと規定し、民法の原則を小作人に有利に修正するものであること、すなわち、農地法上の賃借権つまり耕作権が、当該規定によって、宅地及び雑種地に係る賃借権と比較し、より強い保護を受けていること、そして、右強い保護の故にこのような権利が一定の価額で取引きされている現状に鑑みて、耕作権の目的となっている農地の価額の評価に当たりこれを参酌しようとするものであると解される。

そして、その評価方法は、実際に耕作権が解除された場合における離作料の額や農地の付近にある宅地に係る賃借権の価額等を考慮したものであり、大阪国税局長が定める評価基準も右の考え方に基づいて本件農地が該当する市街地農地及び市街地周辺農地に係る耕作権の割合を一〇〇分の四〇と定めたものであり、その内容は妥当かつ合理的なものであると解される。

したがって、本件農地の評価に当たっては、評価通達の定によるのが相当であると認められる。

(三) 以上のとおり、相続財産である農地の評価に当たり耕作権の価額を控除するには、当該農地につき農地法二〇条一項本文の規定が適用される賃借権が成立していなければならない。

そして、農地法三条一項は、農地について所有権を移転し、又は地上権、永小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権もしくはその他の使用及び収益を目的とする権利を設定し、もしくは移転する場合には、当事者が農業委員会ないし都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定し、同項の許可を受けないでした行為は、その効力を生じないとされている(農地法三条四項)。

したがって、農地法三条一項に基づく許可が賃借権の設定の法律上の効果を完成させる条件となっているのであるから、相続開始前に被相続人が農地の賃貸借契約を締結し、その生存中に当該農地の賃借権の権利設定について右許可を受けていない限り、原則として控除の対象となる耕作権に当たるとは言えない。

ただし、農地法三条一項が所有権については移転のみ規制し、原始取得である時効取得には適用がないことは明らかであり(最高裁昭和五〇年九月二五日第一小法廷判決・民集二九巻八号一三二〇頁)、農地法三条一項は、任意取引に基づく賃借権等の権利の移動を統制する趣旨であると解されるから、賃借権の時効による取得は、同項にいう賃借権の設定あるいは移転には該当せず、同項の許可を受けなければならない行為に当たらないものと解すべきである。したがって、原告が本件農地につき賃借権を時効取得した場合にも評価通達四一の耕作権に該当し、その価額を控除しなければならないというべきである。

そこで、以下、<1>本件相続開始時点において、本件農地に農地法三条一項の許可を受けた賃借権が存在したか否か、<2>本件農地について賃借権の時効取得が認められるか否かにつき、順次検討する。

なお、評価通達は使用貸借についてはこれを耕作権として控除することはないが、使用貸借については、農地法二〇条のような保護は与えられておらず、賃借権と比較して極めて権利性が弱く、土地の時価につき影響を与える程度も極めて弱いものと解されるから、使用借権の負担付の農地を自用地として評価することも合理的なものと解される。

二  本件相続開始時における農地法三条一項の許可を受けた賃借権の存否

1  農地法三条一項の許可を受けた賃借権の存否

(一) 昭和二九年法律第一八五号による改正前の農地法三条一項では、当事者が賃借権を設定する場合は、市町村農業委員会の許可を受けなければならないと規定されていたが、本件の全証拠によっても、原告が、昭和二八年末あるいは同二九年初めころ、本件農地に原告主張の賃借権(本件賃借権)を設定するについて八尾市の市町村農業委員会による農地法三条一項の許可を受けた事実を直接証明する客観的証拠はない。さらに、その後においても、本件賃借権の設定につきB農業委員会あるいは大阪府知事による農地法三条一項の許可を受けた事実を直接証明する客観的証拠もない。

そして、昭和二八年当時においても、農地法三条一項の許可申請がなされた場合には、申請者に対し許可又は不許可の指令書を交付することとされていたのであるが(昭和二七年一一月二五日地局第三七〇七号農林省農地局長通達 乙三)、本件では原告が指令書の交付を受けたことをうかがわせる事実につき原告からは特段の主張もない上、原告本人尋問においても右の点について原告はあいまいな供述をするのみであり、その他証拠上これをうかがわせるものがなく、また、農地法三条一項の許可の取得につき、原告は、壬に代行してもらったと主張するだけで、さらに、農地法二五条により農地の賃貸借契約につき要求される契約書の作成についても、本件賃貸借契約は昭和二八年親族会議において口頭で合意されたと主張するのみである。これらの事情を総合すると、むしろ、本件農地には農地法三条一項の許可を受けた賃借権が存在しなかったことを推認させるものである。

なお、原告と丁ら四名間の当庁平成一〇年(ワ)第三九九号事件、同第五二六三号事件(以下「別件訴訟」という。)の原告本人調書(甲七〇)には、原告が、昭和二九年当時、本件農地につき賃借権の登録がされていることを自分で確かめたとする部分があるが、単に、尋問者の質問に対して「はい」、「ありました」と答えるのみで、具体性を欠き信用できない。また、原告は、本人尋問において、壬に印鑑証明を交付し、必要書類に署名押印した記憶がある旨供述するが、同じく、具体性を欠き信用できない。

この点、原告は、右推認を覆し、本件農地には農地法三条一項の許可を受けた賃借権が存在していた事実を裏付ける事情として前記第二、四1(三)の各事実を主張する(原告の主張(1)ないし(9))ので、以下順次検討する。

(二) 原告の主張について

(1) 原告の主張(1)について

原告は、昭和三〇年五月一六日、自作農創設特別措置法一六条により、八尾市久宝園の農地につき政府売渡処分を受けている(甲四九の3、乙八の3、4)。

原告は、この点から、B農業委員会が自作農創設特別措置法により農地買収計画を樹立し、また政府売渡処分がなされるには、右農業委員会に原告の小作地の登載がある小作地台帳が存在したはずであると主張する。

しかし、自作農創設特別措置法一六条は、当該農地につき耕作の業務を営む小作農その他命令で定める者で、自作農として農業に精進する見込みのあるものを売渡処分の相手方として規定するが、右にいう当該農地である△△△番の農地は、本件農地とは別個の土地であり、右政府売渡処分の事実をもって本件農地につき原告の賃借権が小作地台帳に登載されていた事実を推認させるには不十分である。

(2) 原告の主張(2)について

甲農地は、昭和四一年八月一二日、××番に合筆されて××番(二六一〇平方メートル)となった上、同月一五日、甲A農地(××番一)と甲B農地(××番二)に分筆され、同年、甲B農地は、大阪府に買収されたが、その際、亡乙と原告は、被買収農地の賃貸借合意解約について、農地法二〇条による大阪府知事の許可を得ている(甲一九の1ないし3)。そして、B農業委員会を経由して大阪府に提出された右許可申請書(甲一九の1)には、被買収農地の他に、賃貸人亡乙には貸付農地が六六一一平方メートルあり、また、賃借人原告には借入農地が六六一一平方メートルある旨の記載がある。なお、本件農地及び乙農地の地積に甲A農地の地積を加えたものは六一一七平方メートルである。

原告は、この点をとらえ、右許可申請書を受理した際、B農業委員会は、被買収農地であり賃貸借合意解約の対象である甲B農地についてはもちろんのこととして、本件農地及び乙農地についても小作地台帳と当然照合し、賃貸借の事実を確認したはずであると主張する。

しかしながら、右農地法二〇条の許可の対象は本件農地ではなく、あくまでも甲B農地であり、当然に本件農地につき小作地台帳と照合したとは認めることができない。

また、右当時、農地法二〇条の許可に当たり小作地台帳の確認が行われていたことを認めるに足る証拠はない。この点、昭和四一年にされた農地の賃貸借契約許可につき、証人aは、自分であれば小作地台帳の確認ないし原告が居住している東大阪市の農業委員会に照会をすると思う旨供述しているが、同証人がB農業委員会に在職していたのは平成七年四月一日から平成一〇年三月三一日までであり、昭和四一年当時に右確認が行われた事実を推認するには足りない。むしろ、B農業委員会の事務局職員である訴外b及び同cは、国税実査官の調査に対し、農地法二〇条一項に規定されている賃貸借契約解除の許可申請があった場合、賃借人と賃貸人が合意解除するのであれば、農地法三条一項の許可を得ていない、いわゆるヤミ小作であっても届出を受理する旨供述している(乙七)。

そして、原告は、本人尋問において大阪府の買収の担当者がB農業委員会に確認をした旨供述するが、いかなる確認をしたのかについては明らかでない。

これらの点を併せ考慮すると、右農地法二〇条の許可及び許可申請書の記載をもって、本件農地につき原告の賃借権が小作地台帳に登載されていた事実を推認させるには不十分であるといわなければならない。

(3) 原告の主張(3)について

原告は、昭和四五年のAによるカドミウム農地汚染の補償金交渉の資料として、農業経営状況の報告書を提出したが、その報告書中に本件農地が亡乙から原告に対する小作地であると明記してあるとして甲第三四号証を提出し、原告は、本人尋問において右書面を対策委員会に提出したと供述するが、原告の供述によれば、甲第三四号証は対策委員会の事務局が置かれていたE農協が関係農家に渡した用紙に個々の農家がそれぞれ記入して提出したものにすぎない上、右対策委員会が農地法上の許可に関して権限を有するものではないから、右事実から本件農地につき農地法三条一項の許可を受けた賃借権が存する事実を推認することはできない。

(4) 原告の主張(4)について

昭和五四年、八尾市が実施した公共下水道工事が原因で本件農地及び乙農地の灌漑用井戸が枯渇する被害が生じたが、その際、八尾市が、原告に対し、被害補償金を支払っている(甲二〇の1、2)。

原告は、この点をとらえ、八尾市が原告と右補償契約を締結するに当たっては、原告が本件農地及び乙農地の独立した耕作権者であるとの事実を認定したものであり、右認定に当たっては小作地台帳登載事実を根拠にしたはずであると主張する。

しかし、補償契約書のうち、甲第二〇号証の1は、当時原告が所有していた八尾市久宝園の農地に係るものであるから(甲四九の3、乙八の3、4)、これについて原告に対し補償が行われていることをもって、およそ原告が本件農地につき賃借権たる耕作権を有することが確認されたということはできない。

補償契約書のうち甲第二〇号証の2は、一〇六番の農地のみならず、本件農地及び乙農地にも係るものであるのでされに検討すると、右契約書の第一条には「甲は、乙の所有する次に掲げる土地についてのみ、乙に補償するものとする。」と記載されており、本件農地及び乙農地は亡乙が所有するものであったことと明らかに矛盾し、八尾市長が右契約書を作成するに当たり、本件農地及び乙農地を原告所有の土地と誤認したものと認められるから、同市長において登記簿や小作地台帳等の資料を確認の上で作成したものとは到底考えられない。

したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

(5) 原告の主張(5)について

昭和五七年五月三一日、B農業委員会は、本件農地及び乙農地について原告が小作人として営農継続中である旨の長期営農継続農地認定申告書(甲二二の2ないし5)を受理した。そして、右申告書には、B農業委員会によって「農家台帳照合済」と記載されている。ところが、亡乙は、右申告書を同人の祖父に当たる亡癸名義で申告していたため、B農業委員会から亡癸が死亡しており、亡乙名義で改めて申告するよう教示され、亡乙名義で申告をやり直し、右農業委員会は、再提出された申告書(甲二三の1ないし4)を、昭和五八年三月二二日付で受け付けた。なお、右受付時点で、乙農地の賃貸借は合意解約済であったので、本件農地についてのみ申告されている。

原告は、この点をとらえ、B農業委員会は、農家台帳ではなく、小作地台帳と照合し、賃借権を確認したものであると主張する。

しかし、右申告書は、昭和六〇年法律第九号による改正前の地方税法附則二九条の五第一項の市街化区域農地に対して課する固定資産税及び都市計画税の納税義務の免除を受けるため、長期営農継続地、すなわち申告のあった日の属する年の一月一日から引き続き一〇年以上営農を継続することが適当である農地として八尾市長の認定を受けるため、同条二項に基づき申告されたものであり、小作関係の確認に主眼があるものではなく、また、右申告書には「営農者」として原告が記載されているのみで、B農業委員会が、原告が賃借権に基づき本件農地を営農している事実まで認定したとの事情はうかがえない。そして、右申告書の事務処理事項の欄には、「農家台帳照合済」と記載されているのであり、農家台帳が、昭和三三年九月二日全国農業会議所の農林大臣諮問に対する答申を受けて、振興計画の基礎資料を整備するために、農業委員会において作成することとなった経緯(乙一九、二〇)に照らし、B農業委員会が農家台帳と小作地台帳とを混同したなどということは到底考えられないところである。

したがって、原告の主張は採用できない。

(6) 原告の主張(6)について

昭和五七年七月、乙A農地につき原告の賃借権を放棄し、同じく乙B農地の所有権を亡乙から原告に譲渡する旨の農地賃貸借解約合意書(甲二一の1)が作成され、その際、B農業委員会は、賃貸人亡乙と賃借人原告による農地賃借合意解約に関する農地法二〇条六項の届出書を受理している(甲二一の2)。また、原告が乙B農地の所有権を取得するにつき、原告はB農業委員会及び大阪府知事に対し農地法三条一項の許可申請をなし許可されている(甲二一の5)。

右届出及び許可申請の際、原告は、昭和五七年七月二八日、C農業委員会から、本件農地は原告が亡乙から賃借して耕作している小作地である旨が農家台帳に登載されているとの証明書(甲一六)の交付を受け、右証明書を添付の上、右届出及び許可申請を行った。そして、右許可申請書(甲二一の5)には、亡乙と原告との賃貸借農地の面積は、五八五〇平方メートルである旨記載されているが、この五八五〇平方メートルは、本件農地の面積四〇七四平方メートルと乙農地の面積一七七六平方メートルとの合計面積に該当する。

そして、B農業委員会は、右記載のある許可申請書を受理し大阪府知事に進達しているのであり、右農業委員会及び大阪府知事は、本件農地を原告が賃借耕作している事実により原告が農業従事者としての耕作下限面積要件(農地法三条二項五号)二〇アールを満たしていることを認め、右交換にかかる農地法三条一項の許可をした(甲二一の5)。

原告は、この点から、B農業委員会は、小作地台帳によって亡乙が本件農地を原告に賃貸している事実を当然確認したはずであると主張する。

しかしながら、原告の主張する農地法二〇条六項の届出及び同法三条一項の許可は、本件農地に関するものではなく、当然に本件農地についても小作地台帳と照合したとは認めることができない。

この点について、B農業委員会の事務局職員である訴外b及び同cは、国税実査官の調査に対し、農地法二〇条六項の合意解約の届出については、小作地台帳に届出に係る賃借権の記載がなかったとしても届出が受理される旨供述している(乙七)。

また、農業従事者としての耕作下限面積要件(農地法三条二項五号)を満たしていることの認定に際しては、本件農地を使用していることを認定すれば足りるものであり、それ以上にその使用権原が賃借権たる耕作権であることまで前提としているものではない。

さらに、耕作下限面積の認定は甲第一六号証で行われたと推認されるが(証人a)、右認定は小作地台帳に記載があれば必要にして十分であり、あえてC農業委員会の証明書(甲一六)が徴求されていることは、小作地台帳に登載がなかったことをうかがわせるものである。

以上の諸点を併せ考慮すると、右農地法二〇条六項の届出の受理及び同法三条一項の許可の事実をもって、本件農地につき原告の賃借権が小作地台帳に登載されていた事実を推認させるには不十分であるといわなければならない。

なお、Cの農家台帳には本件農地が原告の賃借地である旨の記載があり(乙五)、甲第一六号証の証明書は右記載に基づいたものであると解されるが、右農家台帳の記載によってB農業委員会の小作地台帳に本件農地につき賃借権の記載があること、あるいは、本件農地に関する農地法三条一項の許可の事実を推認することができないことは後記(8)のとおりである。

(7) 原告の主張(7)について

平成四年八月一八日、八尾市長は本件農地について生産緑地地区の都市計画決定をした。生産緑地地区の都市計画決定に当たっては、農地賃借権者の同意が必要であるが(生産緑地法三条二項)、八尾市長は、原告が本件農地の賃借権者であることを前提に、原告の同意を得たうえで、右都市計画決定をなした(甲二四の1、2)。

原告は、この点につき、八尾市長は、原告が本件農地の小作人であるからこそ原告に同意書を提出させたものであるが、その前提として、原告が本件農地を小作地として耕作している事実を小作地台帳に基づき確認しているはずであると主張する。

しかし、生産緑地法三条二項には、生産緑地指定に際し、農地等の所有者、対抗要件を備えた賃借権を有する者等の同意を得なければならないと規定されているところ、原告は、本件農地について賃借権の対抗要件を備えていないことは明らかであり、本来、同項所定の者に当たらない。ただし、八尾市においては、実務上念のために小作地台帳に記載されている賃借権者からも同意を得ることとしているものである(乙一一)。

そして、本件農地については、担当者が八尾市における実務上の取扱いに従って、小作地台帳の照合を行ったところ、賃借権の記載はなかったものであるが、原告から、東大阪市の農家台帳においては本件農地について小作人として記載されている旨の証明書が提示されたことから、生産緑地法三条二項の同意権者である所有者たる亡乙に加え、念のために小作人と称する原告からも同意を得ることとしたにすぎない(乙一一)。

したがって、原告の主張は採用できない。

(8) 原告の主張(8)について

C農業委員会の農家台帳(乙五)には、亡乙の部分に本件農地の小作者として原告の氏名が記載された上、「S57・7・29小作関係を確認」との記載があり、原告の部分に本件農地が亡乙からの借入地である旨記載された上、「S57・7・29確認の上記載(甲)」との記載がある。

原告は、この点をとらえて、この小作関係の確認については、C農業委員会は、地元の佐堂農業実行組合、農業協同組合、B農業委員会等への調査、照合の上、原告が従前、小作権を継続して有している事実を確認したものであり、本件農地に農地法三条一項の許可を受けた賃借権が存するものであると主張する。

そして、原告作成の陳述書(甲七三)及び原告本人尋問の結果中には、C農業委員会の事務局が、B農業委員会、地元のD農業実行組合、E農業協同組合へ確認の上記載したとする部分がある。

しかし、右の点につきC農業委員会事務局職員である証人dは、農家台帳の場合、追加的に登載する場合にいかなる調査をしたのかについては明確な証言をせず、その他、前記各部分を裏付ける証拠はない。

また、B農業委員会、実行組合及び農業協同組合等の本件賃貸借契約の当事者以外の者からすると、原告が本件農地において耕作に従事しているという事実関係に関しては容易に認識可能であるとしても、それが本件賃借権に基づく耕作であるかという点については、契約書や農地法三条一項の許可に係る指令書といった客観的証拠を離れて、確実な判断を下せる立場にはないというべきであるところ、これらの客観的な証拠によって証明が行われた事実を認めるに足る証拠はない。なお、平成七年一月六日当時F農業協同組合久宝寺口駅前支店長であったeは、大蔵事務官の質問に対し、甲第一七号証において原告が本件農地を小作人として耕作している旨の証明をするに当たって、特段の調査はしていない旨供述している(乙三一)。

そして、農家台帳は、基本的には自主申告により記載されていること、農地法上の許可が下りて農地に異動が有った場合には台帳は補正されなければならないが、各農業委員会によって補正が確実にされているかどうかは格差があることが認められる。(乙九)。

右の事実を総合すると、右農家台帳の記載をもって、本件農地につき農地法三条一項の許可を受けた賃借権が存する事実を推認することはできないというべきである。

また、昭和五七年の農家台帳の記載は、「S57・7・29小作関係を確認」「S57・7・29確認の上記載(甲)」との記載の日付が、原告が前記(6)の乙B農地の所有権の移転に際して原告がB農業委員会へ提出した甲一六号証の作成日付と一致することからすると、右農家台帳の記載は甲第一六号証を作成するために原告の働きかけによって作成されたものと推認される。

(9) 原告の主張(9)について

原告は、亡乙の相続開始後の平成七年一月五日、B農業委員会へ赴き、B農業委員会の小作台帳追加申請願を出すようにとの指示を受け、F農業協同組合久宝寺口駅前支店長及びD実行組合長から証明を受けた上、翌六日、小作台帳追加申請願(甲一七)を提出し、右農業委員会は、同日、本件農地及び甲A農地につき、小作地台帳への登載を行った(乙二四)。

原告は、右の点も本件農地につき農地法三条一項の許可を受けた賃借権が存する事実を裏付ける事実として主張する。

しかし、右記載は、原告がC農業委員会の農家台帳で小作地と登載されているという証明、及びF農業協同組合久宝寺口駅前支店長及びD実行組合長による証明に基づいて登載したものであり、それ以上に農地法三条一項の許可を受けたものか否かについての確認はなされなかった(甲一七、乙七、証人髙萩)。

また、前記(7)と同様、F農業協同組合久宝寺口駅前支店長及びD実行組合長によっては原告の本件農地の耕作がいかなる権原にもとづくものかについては的確な判断を下せる立場になく、右登載に当たり、契約書や指令書等の客観的な資料を確認した事情はうかがえず、右事実をもってしては、本件農地につき、農地法三条一項の許可を受けた賃借権が存する事実を推認することはできないというべきである。

(三) 以上のとおり、原告の主張はいずれも採用することができず、また、これらを総合しても結局前記(一)の推認を覆すには至らないというべきである。

なお、証拠(乙二四、二五)によるとB農業委員会において小作地台帳は、順次転記されて今日に至っているものであり、脱落の可能性も否定はできず、証人aの証言によっても脱漏の可能性が一応認められる。しかしながら、右証人aの証言も脱漏の抽象的な可能性について述べるだけで、その他本件全証拠によっても本件農地についてB農業委員会の小作地台帳から登録が脱落した具体的な可能性をうかがわせる事情は認められない。

したがって、本件相続開始時において、本件農地に農地法三条一項の許可を受けた賃借権は存在していなかったといわざるを得ず、この点に関する原告の主張は採用できない。

2  瑕疵の治癒について

原告は、平成七年一月六日の小作地台帳への登載によって、本件賃貸借契約の瑕疵が治癒されると主張するが、原告は東大阪市に居住し、本件農地は八尾市に存することから、本来許可権者は大阪府知事であり、B農業委員会による登載によって、農地法三条一項の許可があったと解することができないのはもちろん、前記のとおり、本件農地につき農地法三条一項の許可があった事実は認められないのであるから、平成七年に至り登載されたからといってそもそも存在していない許可が遡及してその効力を生じるとする法的根拠は見いだしがたい。

3  次に事実上の賃借権による耕作権の価額の控除について検討する。

前記のとおり、評価通達は、農地法二〇条一項の適用を受ける賃借権が宅地や雑種地の賃借権と比較して極めて強固に保護され、取引上も一定の価額で評価されている事情に鑑みたものである。そうであるならば、農地法による保護を受けない耕作権、いわゆる事実上の耕作権であっても、評価通達が予定している耕作権と同視し得る場合には、事実上の耕作権の目的となった農地の評価についても農地法による保護を受ける耕作権の目的となっている農地と同様の評価をすべき余地はある。

しかしながら、仮に、亡乙と原告との間で本件賃貸借契約が締結されていたとしても、後記三2で認定するとおり、原告と亡乙は、同一家屋に居住する親子であり、原告の主張する賃料の支払も明確に賃料としての形態をとったものではなく、本件農地使用の対価としての性質にも疑問があるものであり、また、農地等の賃貸借契約については、農地法二五条一項の規定により、当事者は、書面によりその存続期間、小作料の額及び支払条件等を明らかにしなければならないと規定しており、事実上の耕作権を農地法による保護を受ける耕作権と同視し得るためには、少なくとも当該規定に従って書面による契約をするなど厳格な取決めがされている必要があると解されるところ、本件賃貸借契約については契約書が作成されていない。

これらの事実に鑑みるならば、本件相続開始時点でC農業委員会の農家台帳に原告が本件農地の小作者として登載されているとしても、原告の主張する本件賃借権の経済的価値は極めて希薄なものである。

したがって、本件農地には、農地法の保護を受ける賃借権と同視し得る程度の事実上の耕作権が存在するとは認められず、原告の主張は採用できない。

三  賃借権の時効取得について

1  他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときには、民法一六三条に従い土地の賃借権を時効により取得することができる(最高裁昭和四三年一〇月八日第三小法廷判決、民集二二巻一〇号二一四五頁)。

2  証拠(甲一七、三七ないし四七、六九、七一ないし七三、七六(各枝番を含む。)、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件農地を昭和二九年初めころから耕作し、占有してきた事実が認められる。

そこで、右占有が賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているか否かを検討する。

ところで、取得時効の起算点は、占有等の時効の基礎となる事実が開始された時点又は占有の態様に変更が生じた時点を起算点として判断すべきであり、起算点を任意に選択することは許されないというべきであり(最高裁昭和三五年七月二七日第一小法廷判決・民集一四巻一〇号一八七一頁)、本件においては原告が本件農地の占有を開始したと主張する最初の時点である昭和二九年初め以降原告が予備的に主張する各時点で本件農地の占有の態様に変更が生じたということはできないので、昭和二九年初めを起算点とする取得時効の成否について検討を加えれば足りる。

(一) 原告は、賃借の意思の客観的な表現として、賃料の支払を主張する。そして、原告の主張する賃料の支払は、占有開始時の昭和二九年一月当時から、本件農地、甲農地及び乙農地の固定資産税及び都市計画税の納付、並びに、原告と亡乙が住居としていた東大阪市友井の居宅の敷地の固定資産税及び都市計画税の納付によって行われていたとするものである。

そして、証拠(甲二五ないし三三(各枝番を含む。))によれば、原告が本件農地、甲農地及び乙農地並びに東大阪市友井の居宅の敷地につき固定資産税及び都市計画税を支払ってきた事実が認められる。

しかしながら、本件農地、甲農地及び乙農地の固定資産税及び都市計画税の負担をしていたとしても、それが、使用収益に対する対価の意味を持つものと認めるに足る特段の事情がない限り、賃料の支払とみることはできないというべきである。また、東大阪市友井の居宅の敷地の固定資産税及び都市計画税については、右敷地上の建物に原告も居住していたのであり、原告の兄弟である辛及び庚も亡乙所有の土地につき一部固定資産税を負担していたこと(甲二六ないし二八、三一、乙四(各枝番を含む。))からすると、東大阪市友井の居宅の敷地の固定資産税及び都市計画税を負担していたからといって、本件農地、甲農地及び乙農地の使用の対価であるとは断定できず、右公租公課の納付をもって、賃借の意思の客観的な表現と解することはできない。

(二) また、原告は、公租公課以外にも農業収入の一部を渡していたと主張し、これに沿う証拠(甲六九、七三)もある。しかし、右金員の交付を認める証拠は、原告の供述証拠のみであり、客観的な裏付けを欠き、仮に、右交付があったとしても、使用の対価としてのものなのか疑問なしとし得ず、同じく賃借の意思の客観的な表現と解することはできない。

(三) さらに、C農業委員会の農家台帳(乙五)やB農業委員会の小作地台帳(乙二四)における賃借権の記載は、前記二1(二)(8)(9)で認定したとおりの経緯で記載されたものであり、昭和二九年初めの時点から原告が賃借の意思を有していることが客観的に表現されたということはできない。

(四) なお、証拠(甲三七ないし四七、各枝番を含む。)によれば、原告は、自らを事業主体として農業を営んでいた事実が認められるが、右事実によっては本件農地についての使用権原がいかなるものなのかは明らかとはいえず、賃借の意思の客観的な表現ということはできない。

(五) 以上のとおり、原告の本件農地の耕作については、賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているということはできない。

3  前記のとおり、取得時効の起算点は、占有等の時効の基礎となる事実が開始された時点又は占有の態様に変更が生じた時点を起算点として判断すべきであり、起算点を任意に選択することは許されないというべきであるが、原告は、昭和五六年ころから、賃料として標準小作料相当額を支払っている旨主張し、これに沿う証拠(甲五七ないし六六、七六)もある。したがって、右時点から、原告の本件農地の占有の態様に変更が生じ、新たに賃借の意思をもっての占有が開始されたとする余地も否定できない。

しかしながら、前記のとおり、右時点では原告は農地法三条一項の許可を受けていないのであり、農業を営む者は、農地法三条一項の許可がない限り当該農地の賃借権を取得し得ないことを知り得たものというべきであるから、特段の事情がない限り、当該農地の賃借権を取得したと信じたとしてもそのように信ずるについて過失がないとはいえないというべきである。

そして、前記の事情を併せ考慮しても未だ右特段の事情が有るとは言えず、仮に、昭和五六年ころから、新たに賃借の意思に基づく占有が開始されたとしても、時効期間は二〇年となり、右期間は未だ経過しておらず、その余について判断するまでもなく、本件農地の賃借権の時効取得は認められない。

4  したがって、原告の本件農地の賃借権の時効取得の主張はいずれも採用できない。

第四結論

以上のとおり、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 林俊之 裁判官 徳地淳)

(別紙)物件目録

一 八尾市久宝園所在の農地(本件農地)

1 地番

地目 田

地積 二一三平方メートル

2 地番

地目 田

地積 六〇四平方メートル

3 地番

地目 田

地積 三四二平方メートル

4 地番

地目 田

地積 二七七平方メートル

5 地番

地目 田

地積 八三四平方メートル

6 地番

地目 田

地積 八二平方メートル

7 地番

地目 田

地積 三一平方メートル

8 地番

地目 田

地積 三〇三平方メートル

9 地番

地目 田

地積 一〇七四平方メートル

10 地番

地目 田

地積 二〇八平方メートル

11 地番

地目 田

地積 一〇六平方メートル

以上合計四〇七四平方メートル

二 八尾市美園町所在の農地(甲農地)

地番

地目 いずれも田

地積合計 二六一〇平方メートル

なお、右五筆は、昭和四一年八月一二日に合筆され、同月一五日、甲A農地(二六七平方メートル)と甲B農地(二三四三平方メートル)に分筆された。

三 八尾市久宝園所在の農地(乙農地)

地番

地目 いずれも田

地積合計 一七七六平方メートル

なお、右五筆は、昭和五七年七月一九日に合筆され、同月二七日、乙A農地(九一二平方メートル)と乙B農地(八六三平方メートル)に分筆された。

別表一

課税の経緯

<省略>

別表二

相続財産の種類別価額及び相続税額の計算表

<省略>

別表三

本件農地の価額

<省略>

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